待降節 第三主日           2014年12月14日

          「いつも喜び 絶えず祈り すべてに感謝したマリア」 (1テサ5:16)

 = 待降節とマリア =


 マリアは朝昼晩 寝る前 食前後の祈り、旧約聖書の賛歌を唱えたでしょう
おとめマリアは主の預言を信じる家系に育ち、主に希望をおいて祈る習慣がありました。それは、詩篇や聖書にある賛歌を歌い、神の愛の物語を聞くことです。
 その祈りのスタイルは初代教会でも受け継がれました。神の不思議な恵みを受ける祈り・信心業となり、現代まで伝承されています。
 その資料は旧約時代の伝承・聖書の賛歌、神の啓示を信じた民の信仰にあります。旧約時代の賛歌はミリアムの賛歌(出エ15章)、ダニエル3兄弟の賛歌(ダニ3章)、本日のイザヤの預言など20以上あります。(「教会の祈り」1349頁参照)
 こうした祈りの言葉から、聖霊を受けた時、新しい祈りとして“マリアの賛歌Magnificat”を唱えたのでしょう。

 信心深い家に産まれたマリアは“原罪”という悪の根を持たずに「生」を受けたという教えも受け継がれました。12月8日 無原罪の聖マリアの祝日です。信じがたいことですが、おとめマリアがイエスの母となり、「神を産んだ存在・神の母」」となりました。イエスが人間であり、神である信仰が確立されました。4世紀のことです。神秘に満ちた女性・万物の母・いのちあるものの憧れとして歴史の中の光として崇敬されています。マリアのいない教会は存在しません

     アブラハム・モーセの伝統を生きる民・シオンの娘おとめマリア
 アベ・マリア(天使祝詞)は、マリアがエリザベトを訪れた時に「あなたは女の中で祝福された方 あなたの胎内の子も」と祝福される神のことば(ルカ1;42)」でした。ルカ福音書には、Magnificatマリアの賛歌・ザカリアの賛歌・シメオンの賛歌がありますが、これらも旧約聖書の賛歌に繋がっています。

         マリアは感謝と賛美の祈りで 絶えず祈りました
 信仰は科学とは異なり、人と人、人と自然との関わりを超える、人と神との関わりの祈りの中に授かる恵みです。しかも、たった一人の孤独な体験ではなく、多くの者が経験する“いと高き方”と結ばれる信仰の出来事です。

「いつも喜んでいなさい・絶えず祈りなさい」」とは朝から晩まで働きもせずに祈り続けることではありません。

 息がある限り人は生かされます。嬉しくても悲しくても、虚しさを感じても満足しても、そこには生命の尊さがありますから、働くことも神を賛美し感謝している徴です。日々の働きの合い間に心を神に向けることが「真の祈り」です。